第47回 老齢の前庭疾患
滝田雄磨 獣医師
うちの子が最近かわいいポーズをするようになったの。
先日、飼い主様からこんなお話を聞き、見るとたしかにかわいく首を斜めにかしげている老犬が。
かわいいポーズをしてくれると嬉しそうでしたが、残念ながら、このポーズはある病気の症状であり、前庭疾患が疑われました。
前庭疾患とは
前庭疾患とは、平衡感覚を失ってしまう疾患です。
前庭とは、左右の耳の奥の内耳にある器官です。内耳には、前庭、三半規管、蝸牛などの器官があり平衡感覚、重力、加速などを電気信号に変え、前庭神経を通って脳に伝えています。
この前庭にトラブルがあると、感覚が狂い、前庭疾患が起こります。
また、前庭付近のトラブルではなく、脳内腫瘍や薬剤中毒、甲状腺機能低下症などの疾患でも平衡感覚を失い前庭疾患に分類されることがあります。
前庭疾患の原因
前庭疾患の原因として、下記のように分類することができます。
前庭付近の障害
内耳炎、感染、内耳付近の腫瘍、ポリープ、外傷
脳の障害
脳腫瘍、感染、外傷
その他
甲状腺機能低下症、薬剤中毒、特発性
これらのうち、特発性とは、原因が不明で発症しているケースを言います。 犬猫ともに、高齢で特発性の前庭疾患が多く見られます。
気が付きにくい姿勢の症状
首をかしげるポーズが慢性的に認められた場合、捻転斜頸という神経症状が疑われます。
捻転斜頸、もしくは単に斜頸と呼ばれることもあります。
捻転斜頸は、前庭疾患の特徴的な症状で、左右のどちらかに首をかしげる姿勢をとります。
軽度の場合は飼い主が気づかない程度の傾きであることもありますが、重度になると立っていられずに転倒してしまうこともあります。
また、左右両方の平衡感覚に問題が起きると、首の傾きが小さくなることがあります。
気が付きにくい眼の症状
捻転斜頸が起きたとき、同時に眼振が起きることがあります。
眼振もまた前庭疾患の特徴的な症状で、眼が一定のリズムで揺れ続けます。
左右に揺れることもあれば、上下に揺れることもあります。左右上下が同時に起こると、回転眼振がみられます。
この眼振の向き、リズムをみることで、疾患の原因を推測することができます。
検査の方法は、内耳、脳を検査するため、CT,MRIが効果的です。
ただし、CT,MRIは基本的に全身麻酔が必要であることと、設備がある病院が限られていることから、まずは除外診断から進めていきます。
歩行不全などの運動失調、捻転斜頸、眼振が認められたら、前庭疾患を疑います。
皮膚のむくみ、脱毛、元気消失、心拍数の低下などがあり、甲状腺機能低下症が疑われる場合は、血液検査で甲状腺ホルモンを測定します。
外耳炎、顔面神経麻痺、縮瞳、眼の瞬膜の露出がある場合は、内耳炎からくる前庭疾患を疑います。
垂直方向(上下)の眼振、姿勢の異常がある場合は、中枢性、脳の異常を疑います。
疑われる原因が全て除外され、原因が不明であった場合は、特発性前庭疾患と診断されます。
前庭疾患の治療
原因が明確であった場合は、その原因に対して治療をしていきます。
・中耳炎、内耳炎
感染に対して、抗菌薬、抗真菌薬を用いて治療します。
耳用の内視鏡であるオトスコープを使えば鼓膜切開をし、内耳の感染の検査をすることもできます。
内科的な治療で改善が乏しい場合は、外科的に手術による治療も検討します。
・腫瘍、ポリープ
内耳に腫瘍またはポリープが見つかった場合、外科的に切除します。
外耳炎や腫瘍の様子によっては、耳の穴より奥の耳道を全て除去する、全耳道切除術が適応になることもあります。
全耳道切除術では、耳道がなくなるため耳の穴はなくなりますが、耳介は残るため外見はあまり変わりません。
・特発性前庭疾患
原因が不明であり、多くの場合、高齢で突然発症します。
残念ながら特発性前庭疾患に著効する薬はありません。
ステロイドを使うこともありますが、必ずしも治療反応が得られるわけではありません。
そのため、前庭疾患が原因で起こる症状に対する治療をします。→対症療法
前庭疾患が起こると、食欲不振や吐き戻しを起こすことがあります。
特に高齢の特発性前庭疾患では、食欲不振による栄養失調から、全身状態が悪くなってしまうことがあるため、早期対策が重要です。
制吐薬や、消化管運動改善薬によって治療します。 また、胃薬としても使われる抗ヒスタミン剤は、嘔吐中枢への直接的な作用も期待できるため、有力です。
内耳炎やポリープ、腫瘍で、前庭疾患の症状が重度であった場合は、治療後も症状が残ってしまうことがあります。
そのため、重症化する前の早期の治療が大切です。
甲状腺機能低下症であった場合、甲状腺ホルモンの投与によって比較的早期に改善がみられます。
老齢の特発性前庭疾患であった場合は、特効薬こそないものの、一般的に2〜4週間で症状が改善します。
老齢の特発性前庭疾患
前庭疾患、特に老齢で突然起こる特発性前庭疾患について紹介しました。
わかりにくい症状ですが少し首をかしげるような姿勢をとったり、眼が一定のリズムで揺れていたり、食欲の低下や吐き戻しが起きたりしている場合は、注意が必要です。
老齢の特発性前庭疾患であった場合は、大事に至ることは稀です。
しかし、食欲の低下から全身状態が悪化してしまう恐れがあります。おかしいなと思ったら、早めに動物病院に相談するようにしましょう。