第46回 誤嚥性肺炎
滝田雄磨 獣医師
冬の病気といえば風邪ですが、今回はおなじ呼吸器の疾患のうち、意外と身近で、かつ重症化しやすい誤嚥性肺炎について紹介したいと思います。
誤嚥
誤嚥とは、呼吸器官(気管〜肺)に、異物が入ってしまう状態です。
食物、唾液などの他、嘔吐物を誤嚥することもあります。
嘔吐物を誤嚥した場合、強い酸である胃液も呼吸器官に入ってしまうため、重症化する恐れがあります。
人間の誤嚥性肺炎と死亡率
私達人間において、肺炎は身近な疾患です。
日本人の肺炎による死亡率は、全死亡率の8%であり、第4位の高さです。
特に高齢者での発症が多く、65歳以上の高齢者だけの死亡率でみると、実に30%が肺炎で死亡しています。
肺炎の感染経路は、飛沫感染、血行感染などもありますが、誤嚥による感染が多くを占めています。
誤嚥性肺炎と生体防御機構
人間において、実は健康な人でも就寝中に誤嚥が起こっています。
誤嚥が起こっているにも関わらず、肺炎を起こさない理由は、身体に生体防御機構があるためです。
呼吸器官、気道は、粘膜で内張りされています。
この気道粘膜には微細な線毛があり、異物を外へ外へと押し出すように動いています。
また、気管支、肺まで誤嚥してしまった場合、マクロファージなどの免疫細胞によって細菌が貪食されます。
そのため、細菌が肺に侵入しても、感染、肺炎が起こらない仕組みになっています。
しかし、免疫力が低下している場合、免疫細胞のはたらきが弱くなり、肺炎を発症しやすくなってしまいます。
反射運動による誤嚥の防御機構
誤嚥自体を防御するために、反射運動による防御機構があります。
1.嚥下反射
無意識でもしっかりと嚥下するための反射です。
食物などが口の奥、口腔咽頭へ入ると、反射的に嚥下運動をします。嚥下運動とは、気道への通り道を塞ぎつつ、消化器への通り道へと食物を送る、飲み込む運動です。
2.咳反射
その名の通り、咳き込むことで異物を呼吸器官の外へ排出する運動です。
大きな異物も排出できる、重要な反射運動です。なんらかの神経障害があり、これらの反射運動に支障が生じると、誤嚥性を起こしやすくなります。
意識低下、激しい吐き戻しなど、誤嚥を起こしやすい要因があり、咳、努力呼吸が認められると、誤嚥性肺炎を疑います。
各種検査の特徴的所見としては、以下のようなものがあります。
- 聴診における、肺音の異常。
- 鼻汁の排出。
- 胸部のレントゲン検査における、肺の中葉付近の不透過性の亢進。
- 血液検査における、白血球の上昇、炎症マーカーの上昇。
誤嚥性肺炎の治療
・脱水の補正
重度の肺炎を起こしていると、鼻汁などによる脱水が著しい場合があります。
脱水が重度になると気道内の分泌物の粘稠度が上がり、免疫機能が低下します。
これは、肺炎の治療においてしばしば致命的となります。血管からの点滴により、脱水を補正します。
・加湿(ネブライザー)
脱水とともに、周りの環境が乾燥していると、気道内の分泌物の粘稠度が上がり、免疫機能が低下します。家での管理では、加湿器の使用や加湿した風呂場で呼吸させることで、気道内環境を補助することができます。
入院、通院ができる場合は、ネブライザーによる治療を行います。ネブライザーとは、人間でも喘息などの治療で用いられる医療機器です。薬剤を霧状にし、それを吸い込むことで直接肺の中に作用します。
・栄養管理
肺炎の患者は、食欲の低下により栄養バランスが崩れていることがあります。栄養面に問題があれば、免疫機能は低下します。栄養の管理も大切な治療です。
・抗生剤
誤嚥性肺炎では、高確率で細菌性の感染が起きています。可能であれば気管内洗浄により、細菌の検査をします。それができない場合でも、細菌感染を見越して呼吸器官に効果が大きい抗生剤を併用することが勧められます。
・気道粘液溶解剤
気道内分泌物による去痰を促す薬剤を投与します。咳で痰を排出することは、呼吸器官内を清浄化しようとする行動です。
よほどの発咳で呼吸困難などの弊害がなければ、鎮咳薬の併用は控えます。
誤嚥性肺炎は、しばしば命に関わる疾患です。
レントゲン画像と予後には関連性がないとも言われ、予後を予測しづらい疾患でもあります。
治療が奏功した場合でも、咳症状は長く残ることが多く、1〜数ヶ月単位の治療が必要になることもあります。
誤嚥性肺炎は上記の通りですが、そもそも誤嚥を誘発するような原因がないか、検討する必要があります。
正常な嚥下を弊害する神経疾患はないか、嘔吐を誘発する消化器疾患などの他の疾患はないか。
他の原因が検出されないにもかかわらず、誤嚥性肺炎を繰り返す場合は、食事を団子状にする、嚥下するとき誤嚥しにくい立位の姿勢をとるようにするなどの工夫が必要です。
突然発症する誤嚥性肺炎
嚥下と誤嚥のしくみ、誤嚥性肺炎の診断と治療について紹介しました。
誤嚥性肺炎は、われわれ人間にとってもとても身近な疾患です。
突然発症し、命にかかわるほど重症化することもある恐ろしい疾患でもあります。
たかが咳、されど咳。食欲の低下、嘔吐などの消化器症状を伴っている場合は、充分に注意してください。
異常を感じたら、早めに動物病院を受診するようにしましょう。