第39回 命に関わる膵臓の病気
滝田雄磨 獣医師
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重症化すると命に関わる疾患のひとつに、膵炎があります。
膵炎とは、膵臓におこる炎症です。
膵臓。最近、映画や小説でもとりあげられている臓器ですが、膵臓とはどういった臓器なのでしょうか。
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膵臓には大きく分けて、2つのはたらきがあります。
1つは、消化液である膵液を生成し、十二指腸に分泌するはたらき(外分泌)。
1つは、インスリン、グルカゴンなどのホルモンを生成し、体内の血中に分泌するはたらき(内分泌)です。
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膵液は、十二指腸に分泌され、食物の消化を助けるはたらきがあります。
膵液のほかにも唾液、胃液などの消化液がありますが、 膵液は三大栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質)のすべてを消化することができます。
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胃酸は、胃の中に分泌されている消化液ですが、
とても強い酸性の液体です。
膵液には重炭酸が含まれており、この胃液を中和し、十二指腸以降の腸内環境を、アルカリ性にするはたらきがあります。
膵液にはもう一つ重要なはたらきがあります。それは、胃酸の中和です。
これは大変重要なはたらきで、もしこの中和が行われないと、
消化酵素の失活や胆汁酸の変性がおこり、様々な栄養素の消化吸収が妨げられてしまいます。
したがって、膵液は消化の要とも言うことができます。
膵臓から分泌されるホルモンはいくつかありますが、主なものはインシュリンやグルカゴンです。
インシュリンは、血糖値を下げることができる唯一のホルモンであり、ここに何らかの問題が生じると、持続的な高血糖、糖尿病を引き起こす恐れがあります。
一方、グルカゴンが分泌されると、肝臓にはたらきかけ、グリコーゲンを分解して血糖値を上昇させます。
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膵臓は十二指腸に膵液を分泌するため、十二指腸の近くに存在します。
その形は、ブーメランのような形をしており、左右をそれぞれ左葉、右葉と呼びます。
左葉は、胃と結腸の間、右葉は十二指腸に沿って存在します。
膵炎が起きたとき、どういった症状がでるのでしょうか。
膵炎の代表的な症状は、嘔吐や下痢です。
この嘔吐や下痢の症状は、膵臓の炎症が起こっている部位により傾向が変わります。
膵臓で炎症が起きたとき、その炎症は臓器の枠を超え、近くの別の臓器へと広がっていくためです。
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膵臓左葉の胃に近い部位で炎症が起これば、胃に炎症が波及し、嘔吐が激しくなります。
膵臓左葉の結腸(大腸)に近い部位で炎症が起これば、結腸に炎症が波及し、血混じりの下痢が誘発されます。
膵臓右葉の胃や結腸から遠い部位で炎症が起これば、比較的激しい嘔吐や下痢は起こらず、それでも十二指腸付近の腸の動きが悪くなるため、大量に滞った内容物が、一気に嘔吐されやすくなります。
膵臓に炎症が起きたとき、恐ろしい悪循環が起こり、治療が困難になる場合があります。
それは、強力な消化液である膵液が、膵臓自体を消化してしまう場合です(自家消化)。
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膵液が膵臓自体を消化してしまった場合、消化された膵臓からあらたな膵液が漏れ出てしまいます。
その漏れ出た膵液は、さらにその周りの膵臓を消化します。
消化された周りの膵臓からあらたに膵液が漏出し、さらに周りの膵臓を消化していきます。
この悪循環がおきてしまった場合は、症状が激しくなり、治療が困難となってしまうのです。
※本来は、自家消化が起こらないように、分泌される前の膵臓のなかの膵液には、消化酵素の前駆体が含まれています。
この前駆体自体は強い消化能力を持たず、十二指腸内へ分泌されたあと、胃液などと反応して強い消化能力を持つ酵素へと化学変化します。
先述した悪循環を起こす原因のひとつに、膵臓の壊死があります。
すなわち、膵臓に十分な血液が送られずに、部分的な壊死が起こり、それにより膵液が漏出している場合です。
この場合、膵臓へしっかりと血液を送ることが、膵炎の進行を抑える第一歩となります。
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膵炎を起こしているとき、主にみられる症状は下痢と嘔吐です。
下痢と嘔吐が起こると、水分が過剰に排泄されてしまうため、体は脱水します。 体が脱水すると、血液量が少なくなり、膵臓に十分な血液を送ることができなくなります。 すると膵臓の壊死が進行し、膵炎が進行し、また新たな悪循環を生じます。 この悪循環を止めるためには、十分な脱水の補正と、血圧の維持が必要です。 そのため、多くの場合、重度の膵炎の患者は、入院し、血管からの十分な補液や、 血圧を維持するための投薬が治療の主軸となります。
膵炎は、合併症が起こりやすいという特徴もあります。
膵臓の近くにある胆管の閉塞を引き起こしたり、血液の凝固異常を引き起こしたり、
命に関わる合併症を伴うことが多く、それらが併発した場合は、治療が複雑、困難になっていきます。
では、膵炎はなにが原因で起こるのでしょうか。
人間ではアルコールの大量摂取が、膵炎の原因として有名です。
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犬では、高脂肪食の大量摂取がひとつの原因として考えられています。
人間が食べるような揚げ物、アイスクリームなどの高脂肪食を与えると、急性膵炎を引き起こすおそれがあります。肥料や農薬、殺虫剤に含まれる有機リンも原因となります。
散歩コースなど、これらの薬品がかかっている植物を食べてしまうおそれがある場合、注意が必要です。
その他、品種(テリア種、シュナウザー)、内分泌疾患(クッシング、糖尿病、甲状腺機能低下症)、高脂血症、肥満なども膵炎の原因もしくは危険因子として挙げられます。
しかし、実際にはこれらの危険因子が無いのにもかかわらず、突然膵炎が発症することも少なくありません。
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膵炎という疾患の、大まかな病態生理学について紹介しました。
危険因子を認識し、ある程度は予防することもできますが、なんの前触れもなく突然発症することもある膵炎。その場合、いち早く異変に気が付き、動物病院を受診し、適切な治療を早期に開始することでしか対処する方法はありません。
些細な変化でも、相談、受診できる動物病院でいられるよう、我々も日々精進して行かなければと思います。