第27回 猫の糖尿病
滝田雄磨 獣医師
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前回に引き続き、糖尿病のお話です。
今回は猫の糖尿病について、犬との違いも含めてお話します。
まだわからないことも多い病気ですが、いま考えられている猫で多くみられる糖尿病の原因には、以下のようなものがあります。
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・肥満
猫が糖尿病と診断された時に肥満だった場合、
肥満が原因のひとつであったと考えられます。
去勢した雄猫に糖尿病が多いとのデータもありますが、
これは去勢した雄猫に肥満が多いためだと考えられます。
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・慢性膵炎
犬では、繰り返す嘔吐、腹部疼痛、食欲不振、
元気消失などの症状を引き起こす膵臓の炎症、膵炎。
猫の慢性膵炎は、多くの場合、目立った症状を伴いません。なんとなく元気がなくなったり、食欲がおちたり、また元気になったり。
糖尿病と診断されたときに、一緒に膵炎の検査をすると、
慢性膵炎が原因となっているかどうかを検討することが出来ます。
慢性膵炎の検査は、動物病院内の血液検査や腹部超音波検査、
動物病院から検査会社に依頼する血液検査などで調べることが出来ます。
慢性膵炎が原因であった場合、慢性膵炎の症状が落ち着くと、
猫の糖尿病も寛解することがあります。
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・医原性
医原性とは、
なにかしらの疾患の治療のために施された処置や投薬が、新たな疾患を引き起こすことを言います。猫の糖尿病の場合、
アレルギー性皮膚炎やぜんそくの治療で投薬したステロイドが、
原因となるケースが多くみられます。
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ステロイドにはインスリンに対する抵抗性があります。
この作用により、一過性に高血糖となります。
しかし、残念ながら一過性だけでなく、不可逆的に糖尿病を発症してしまうこともあるので注意が必要です。
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・その他の併発疾患
猫に慢性的なストレスが加わると、
インスリンに対する抵抗性がある物質が分泌されます。
そのため、ストレスが加わる状況では高血糖となり、
猫の糖尿病を重症化、もしくは治療が複雑化します。
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猫に慢性的なストレスが加わる原因には、あらゆる疾患があてはまります。
歯科疾患、皮膚疾患、感染症、甲状腺機能亢進症、膀胱炎、悪性腫瘍…。
糖尿病の治療をする際には、他の併発疾患が隠れていないか検査し、
その疾患の治療もしっかりすることが大切です。
犬の糖尿病と同じく、多飲、多尿、多食、体重減少が認められます。
一方、猫の糖尿病に特徴的な症状として、俗にベタ足歩きと呼ばれる症状があります。
これは、踵を着けて歩く歩様で、糖尿病により末梢神経機能の機能が低下することが原因であると考えられています。
猫の糖尿病の治療には以下のような方法があります
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・インスリン療法
犬と同じく、インスリンを注射することによって血糖値を下げ、
高血糖をコントロールする治療方法です。
基本的に1日2回の注射により管理されます。
犬と異なる点としては、近年、猫専用のインスリン製剤が開発された点です。
この製品が開発される以前は、犬と同じく、猫の糖尿病も人間のインスリン製剤によって治療されていました。
しかし、猫の場合、人間のインスリン製剤を用いると作用時間が短くなる傾向があります。
糖尿病の治療は、血糖値が上がりすぎないようにすることが目標であるため、
作用時間が短いと血糖値が高い時間帯ができてしまいます。
そこで新しく開発された猫用のインスリン製剤は、
猫でも適切な長い作用時間となるように開発されています。
犬も猫もそれぞれの個体により、血糖値をうまくコントロールできるインスリン製剤が異なることがあります。
うまくコントロールができなかった場合、新しいインスリン製剤を使って治療するわけですが、
この新しい猫専用のインスリン製剤が開発されたことにより、
いままでコントロールが難しかった猫の糖尿病の症例でも、よりコントロールしやすくなることが望めるようになりました。
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・食事療法
犬と同様、猫にも糖尿病用のフードが開発されています。
ただ、猫の場合、基礎疾患によるストレスが糖尿病を悪化させているケースが多いため、
基礎疾患に対する食事療法を優先させます。
たとえば膵炎に対する高脂肪食は致命的です。
他にも腎臓病、食事アレルギーが併発している場合は、
そちらの疾患用のフードを優先させなければなりません。
それと同時に、体重管理にも充分な配慮が必要です。
削痩している猫では、皮下からのインスリンの吸収が悪くなります。
また、肥満である猫は、過剰な脂肪によりインスリンの抵抗性が高くなります。
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ただし、ここで注意すべき点として、
肥満である猫が急激なダイエットをすると、
肝臓に負担がかかることがある(肝リピドーシス)ということです。
キャットフードを用いる場合は、
パッケージに記載されている給与量から大きく外れないように、
少しずつ減量するように注意しましょう。
猫は犬に比べると、食事をゆっくり食べ、気が向いたときに何回かに分けて食べる子が多いです。
しかし、肥満となる猫は食欲旺盛で、一気にごはんをたいらげてしまう猫もいます。
一度に多くの食事をとると、食後に血糖値が大きく上昇します。
これを防ぐため、食事を与える回数を3〜4回に分けるなどの工夫をしてみましょう。
猫が糖尿病と診断され、治療を開始した後、
想定される予後にはどういったものがあるでしょうか。
・インスリン必要量の変化
猫が糖尿病と診断され、数週間治療したのち、同量のインスリン注射をしていたのに低血糖になってしまうことがあります。
これは、基礎疾患の改善などでインスリンの必要量が少なくなった可能性があります。
糖尿病だと診断されたのに、数週間で改善するなんて誤診だったのでは?
と思われるかもしれませんが、数週間でインスリンの必要量が減少することはしばしば起こることなので、ご了承ください。
このとき注意してほしいのが、低血糖は命にも関わる危険な状態だということです。
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指示されたとおりの量のインスリンを注射していても、低血糖になる恐れがあるのです。
治療開始1ヶ月くらいの間は、頻繁に血糖値を測定するよう心がけましょう。
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・尿路感染症
犬と同様ですが、猫も尿路感染症を併発しやすくなります。
そして、尿路感染症がストレスとなって糖尿病のコントロールを難しくしてしまいます。
頻尿、血尿などの症状が出ていなくても、糖尿病と診断されたら定期的な尿検査をおすすめします。
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・慢性腎臓病
高齢の猫は、高確率で慢性腎臓病を発症します。
腎機能が低下すると、腎臓から排泄できる糖の量が減少します。
すると、より多い量のインスリン注射が必要となります。また、高血糖は腎臓に負担がかかるため、
糖尿病と腎臓病は悪循環に陥る関係にあります。
腎臓の障害が大きくなる前に、なるべく高血糖の状態を短くできるよう、猫の糖尿病は早期の治療が肝心です。
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猫の糖尿病について、犬の糖尿病との違いを中心にご紹介しました。
毎日の注射、定期的な血糖値測定、低血糖の危険性など大変なことが多い疾患ですが、 コントロールがうまくいけば元気に過ごすことができる疾患でもあります。糖尿病が重症化し、コントロールが難しくなる前に診断、治療を開始できるよう、体調の変化があったら早めの受診を心がけましょう。